明治学院経済 2006 全訳

 現在使われている科学技術の中で遺伝子工学が特に危険なのは,この新たな科学技術の最も一般的な利用法の多くが,元に戻したり,修正したりすることができず,未来のすべての世代を苦しめるであろう,思いがけない有害な副作用を生み出す恐れがあるからだ。遺伝子操作によって生じる副作用は単に長期的だというだけではない。それは永続的なのだ。
 確かに,遺伝子工学者は現在ではほぼ正確にDNAを改変できる。しかし,これらの改変は物理学的・生物学的観点においてのみ定義されている。遺伝子工学者たちはこれらの改変の生物学的影響を完全に,そして確実に予測できるわけではない。これらの操作が,細胞の機能,その生物全体としての心理状態と行動,そしてその遺伝子を操作された生物が持ち込まれるであろう生態系に対して,どのような影響を与えるかということを,彼らは的確に予測できないのだ。
 遺伝子操作の影響を確信をもって予測することが不可能なのは,生物系が複雑で,相互に関連しているからだ。私たちが観察するのが最も単純な単細胞の微生物であろうと,人間であろうと,地球の生態系であろうと,私たちは膨大な数の複雑な構成要素を発見する。これらはみな,1つの大きな,統合された統一的な現象 ― 生命 ― の一部として,きわめて入り組んだ協調的な相互作用に関与している。
 例えば,人間の体の中には器官系というものが見られるが,それらは様々な臓器のグループによって構成されている。これらは組織からできているが,それらは今度は細胞で構成されている。組織体のこれらの階層は,形態の点でも機能の点でも互いに関連しあい,互いに結びついている。全体の中で自らの機能を発揮するために,それぞれの構成要素は他の要素と完全に相互依存している。例えば,肺はその機能を発揮するために心臓や循環器系に依存しているが,同様にそれらの臓器も肺に依存している。
 より深く見てみると,私たちの体を構成している何兆もの細胞のどの1つの中にも,複雑な細胞下構造,細胞小器官,分子のネットワーク,代謝経路という別の広大な世界があり,そのそれぞれが様々な生体分子で構成されている。すべてが総合的で相互依存的な方法で連携しているのだ。
 地球規模でも,私たちは同様の状況を見出すことができる。例えば,あるガは栄養源としてある特定の花を咲かせる植物に完全に依存していることがあり,一方その植物も同様に,花を受粉させるためにそのガに依存していることがある。多くのこのような相互作用は,さらに広範囲にわたる複雑に交錯した生命を作り上げる微細構造を構成している。これらの相互関係は何百万年もの共進化によって微調整されてきたが,この過程は今も続いている。
 私たちは,すべての生物系が非常に複雑で,同時に統一的で総合的だということがわかる。複雑さの程度は非常にはなはだしいので,遺伝子工学者たちはその系のすべての構成要素を考慮することはできない。それにもかかわらず,彼らがどんな1つの構成要素でも変えてしまうと,彼らは必然的にその系全体に影響を与えることになる。このような状況では,意外なことが起こるのは避けがたく,経験上,そうした意外なことの多くは喜ばしいものではないのだ。
 予期しない悪い副作用は遺伝子工学にだけ特徴的なのではなく,客観的な科学的取組みから生じるすべての科学技術に特徴的である。遺伝子工学とその他の科学技術の違いは,悪い副作用の持続期間だ。核や化学物質による汚染といった初期の科学技術の影響の多くは,人間の時間の尺度から見れば長期的に見えるけれども,地質学的あるいは生態学的な時間の尺度では,それらはわりあい一時的である。私たちが化学汚染や核による汚染の原因となる活動を終わらせると,生態系をやがて回復させる仕組みが作用しはじめるのだ。
 対照的に,生殖細胞系の遺伝子操作はその生物の生殖細胞を変えてしまう。結果として,そうした改変はそれに続くすべての世代に引き継がれるだろう。これらの操作の間に起こる失敗と,それらが引き起こす有害な副作用は,時間と共に消えることはなく,永続的なものとなるだろう。

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